近親相姦とか絡めれば、ドラマ性のあるラブストーリーになる、的なことを言っているヤツは、俺がブっ殺す!! (と、橋Pが言っていたとかいないとか) [マンガマニヤック]
ま、たまには僕も、タマフルリスナーとして、ラジオ戦士として、このくらいフックを効かせたタイトルを掲げてみようと言うことですが、ええ。
と議会関連からの派生話題。
つまり、猪瀬ント発言などで、「近親相姦や強姦などのインモラルな行為を、さも良いことのように描くフィクションはけしからん!」という規制派の主張があるわけですが。
まあそれに関連しましてですね。
強姦は性モラル以前にまず犯罪であるから脇に置くとして、「近親相姦ネタというのは実際どれほどのインモラルなことなのか、そして物語においてどういう意味、機能があるのか」 という件について、ちと一席ぶたせていただきぃ~……やす、と。
そーゆー記事です。
まずですね。
そもそも近頃何故に、この近親相姦ネタというモノが少しばかし目立って使われ始めているのか? という点に関してですが、要するにこれは、現在最も分かりやすい 「禁断の恋」の記号であると言うことなんですね。
禁断の恋、或いは障害の多い恋、というのは、ラブストーリーを描く上では王道も王道で、例えば古くは 「身分違いの恋」、「敵対勢力間での恋」 なんてのがあった。
しかしこれらは、現代日本ではあまりリアリティを持てない設定。
格差は広がれども階級は一応無くなり、核家族化が進んだ都市部では、根深い対立のある一族なんてどこへやら。横溝正史的な昭和な田舎を部隊にでもしないと成り立たない。
『ロミオとジュリエット』を、現代日本に置き換えるのはなかなか難しい。
で、その次に流行ったのは、お馴染みの「不倫」。
これは今でもまだ機能はするけど、正直ちょっと手あかが付いている感が強いし、泥臭い。何より、実際そこらにあふれている分、エキセントリックじゃあない。
他には「同性愛」なんてのもあるけれど、こちらもヤオイオネー様のおかげでかなーり「ふつー」になっちゃった。
女同士のネタとしては百合好きも一応続いているけれど、そもそもやっぱ、女同士、男同士というカップリング自体が、まあ好みの別れるところ。
それで、その後に続いたのが、「近親相姦」 ってなわけです。
とはいえ。
まあこれは実際、今のところ「王道的な禁断の恋ギミック」 にはなっていないし、おそらく今後もならない。
それは何故か、という事について以下本文。
まずそもそも、近親相姦ってそんな強固なタブーか?
という問題。
例えば、近親婚を禁じる法律はある。
これは一つに何よりも遺伝的な(子どもできたときちょいヤバイ可能性高いよ) 問題があるわけだけど、それ以外はと言うと、まあせいぜい手続きがヤヤコシイくらいしかない。
言い替えれば、「子どもが出来なければ問題は無いんじゃね?」 とも言える。
「じゃ、避妊すればいいじゃん?」「いやいや、避妊じゃ100%確実とは言えないよ、それで問題のある子どもが出来たら(←これも実際、先天的な障碍を持って生まれた人に失礼な物言いだけど)困るだろう」「よっし、そんじゃパイプカットだ! キョ・セ・ン!」
…と。
実際、近親相姦自体を禁じる法律もないし、そうできる根拠もさして無いわけだ。
となると、近親相姦のタブーって、「結婚、出産、子育てを最終目的と出来ない/していないセックスはけしからん」 という意味合いの性モラルと大差ないとも言える。
そこにさらに加えられるとしたら、「社会的合意を得られないから、報われない」というところくらいなわけだけど、それってよーするに「タブーだからタブーなんです」という意味でもある。
ま、もともと、タブーなんてのは本質的にそういうものではある。
それなりの根拠はある事もあるし、カケラの根拠もないこともある。
けれども、共同体内部での社会的合意の元に、個々個人の行動や思考、感情を規制するものが、タブー。
中野の古本屋的に言えば、呪い。
実際、遺伝学的な問題が取りざたされるまでは、近親相姦や近親婚がごくふつーだった文化圏も少なくはない。
辺境の小さな部族社会なんかだと、多分今でもそうなんじゃないか?
聖書の中の人たちだって、近親相姦しまくっているしね。
まあ勿論、だからって僕は 「近親相姦のタブーなんかくだらねーぜ! ヤりまくれー」 なんてことを言いたいワケじゃない。
単に、近親相姦というのは、その辺りを詰めて考えていけばいくほど、タブーとしての効力が弱い、という事だ。
突き詰めて考えるとタブーとして弱い、と言うことは、つまり、ドラマの主題として弱い、という事でもある。
で、このタブーとしての近親相姦。
ポルノにおいては、かなり有用なギミックではある。
普通に男の子と女の子が居て、ちゅっちゅちゅっちゅしてエロースに及ぶだけ、なのを、そこに「実は兄妹」なんぞのギミックを入れただけで、別の話に出来るわけだし。
上記程度のタブー感背徳感でも、エロスに居たる道筋を盛り上げるのに役立つし、逆にスパイス程度に入れるのにも使える。
本来ならタブーな行為をあっけらかんとしまくる、というのも、ポルノならではの奔放な楽しみだ。
ま、とにかく、エロ漫画においては、「使えるギミック」なのは間違いない。
じゃあ「ドラマ性」としてはどうか? と。
それが、実は「たいして使えねー」 のである。
上で書いたように、そもそもタブーとしての効力はそんなに強くない。
その上で、ドラマという視点で見ると、大きく二つの弱点がある。
一つは、「きみとぼく、の二者間でも完結しうるギミック」 と言う点。
つまり、恋愛の障害として捉えた場合、必然的に関わらざるを得ない登場人物の最低数が、近親相姦をしている二者だけでも済んでしまうのだ。
「身分違いの恋」 だと、特に身分の高い側には、高い身分に相応した人物が必ず絡む。
例えば姫様と下僕なら、王様や王妃様。家臣や領民。或いは敵対する勢力のダレソレ、政略結婚としての許嫁…と、実に障害をもたらす要素に事欠かない。
身分、という社会的なものが障壁であるのだから、背景となる社会を構成する様々な人々がかならず関わってくる。
また、身分が高い方に属する人たちは、武力や権力においての強い実行力のある障害とも成りうるし、生命の危機まで内包している。
さらには、「身分を捨てて結ばれる」結果、「王国が滅びる」なーんて事まで起きかねない。
「敵対勢力間の恋」 も同様。
勢力、である以上、恋愛関係にある二者間だけでは絶対に成り立たないのだ。
「不倫」 も、最低でもどちらか一方が既婚者でないと成り立たない以上、必ず3人は必要となる。
そこに、双方が既婚者だったり、子どもがいたりすれば、背徳感も障害もドラマとしてのギミックもどんどん増す。
さてそれに較べて、近親相姦は?
近親、である以上、まあ基本は、「一家族内部でのお話し」になる。
近親関係の二者。それと他の近親者。
ただ、他の近親者は、必ず必要でもない。
母と子、で、旦那は死別か離別、というのもあるし、姉と弟、ただし両親共に死別、も可能。
つまり、本当にただ一家族内の近親関係にある二者間だけで、全てが完結してしまえる程度の、ドラマ的ポテンシャルなのだ。
その上で、例えば兄弟姉妹設定の場合は、「親バレ」というパターンがあるが、それだってせいぜい「強制的に引き離される」程度で済む。
姫に恋慕した下僕が王の手で斬り殺されるかの危険もないし、敵対勢力に捕まってあわや、というのもない。
だって、親も家族なんだもの。
社会にばれても、キモがられるだけで極端な制裁を受けることもない。
つまるとこ、近親相姦のドラマ的葛藤は、ほぼ「二人の間の背徳感、タブーを犯しているという事実からくる心の葛藤」程度で、済んでしまうのだ。
それ以外のモノ全てを描かなくても良い。
もう一つの弱点は、ドラマとしての着地点が弱いと言うこと。
結局二者間の心の葛藤なりを乗り越えてセックスをしまくったとしても、「結婚」という着地点はまず無い。
法律上出来ないからだ。
あとはせいぜい、「やっぱり別れる」「隠れて続ける」「血縁であることを隠した逃避行」くらいなもので、バッドエンド狙いで行けば「心中/自殺/殺人」とか。
それらも前述の通り、「二者間で済む程度の」ドラマ。
これらの着地点は、最初に書いたとおり、ポルノとしては有功ではある。
ポルノなら、「なんだかんだあったけど、背徳感を持ちつつえんえんヤリまくりマッスル♪」で終わったって、かまやしない。
あくまで、エロをもり立てるためのギミックに過ぎないからだ。
ただ、ドラマとしては、やっぱ弱い。
エロアニメとしてなら成立していた、『くりぃむレモン』を、ドラマぶって映画にした途端、あのしょっぱいだけのボンヤリムービーになった事が、まあそのわかりやすい例。
このように、近親相姦のタブーというのは、ドラマ性としてのポテンシャルが低く、応用範囲が少ない。
苦悩や葛藤を極端に突き詰めていけば、ブラッド沙汰にもなりうるけど、まあねえ。
多分近親相姦を絡めた悲劇という点では、それこそエディプス神話とかになるのかもしれないけど、別にコレは近親相姦の葛藤が主題ではないしね。
と、いうところでタイトルに戻る。
つまり、
「近親相姦とか絡めれば、ドラマ性のあるラブストーリーになる、的なことを言っているヤツは、俺がブっ殺す!!」 (と、橋Pが言っていたとかいないとか)
殺しません、ええ、殺しません。僕はね。
敢えて極論で言い切っちゃえば、「近親相姦なんてネタをメインで回そうとしたら、ポルノにしかならねぇのだよ」 という事です。
或いは精々、“登場人物全員を横一列に並べて平手打ちしたくなるような” しょっぱいモラトリアムぶった、半ばセカイ系的なきみとぼくのうじうじストーリー。
例えば、謎があって、その謎を解明していく過程で、その背後の隠された秘密に近親相姦があった、という作りは、ドラマとしても十分可能です。
この場合、「おぞましい事実」とかの形で、タブー性を前面に押し出した扱われ方になることが多いでしょうが、それは「タブーを犯したことにより、物語上の次の展開に至る」というギミックだから、強調しても良いわけです。
例えば、近親相姦関係になったことを第三者に知られ、それを隠すために何か事件を起こしてしまい…等というパターン。
不倫などよりはかなり、タブーとしてのえげつなさを効かせることも出来る。
ただ、近親相姦関係にある二者を中心とした恋愛ドラマ、というのはどうか、というと。
ポルノとしてしか、まー、成り立たんわね、と。
そもそものドラマ的ポテンシャルが、低いンですから。
だもんで、それを中心に据えつつ、あたかもポルノでないふりをしようとすると、「本質的なタブーの意味に深く立ち入るわけでもない、タブー弄りごっこを延々繰り返すだけの、しょっぱいストーリーの半端なポルノ」になりがち。
まあ、そういう、しょっぱいタブー弄りごっこそれ自体が好き、というポルノ愛好者は居ますから、商売としては成立するでしょう。
けど、ね。
僕としてはー。
の、話ですが。
僕としてはー。
「しゃらくせぇ!」
と。
そういう感想を抱かざるを得ないのです。
抱かざるを~えーなーいーのーでーすー。
ま、以前恋スルメ・・・じゃなくて、恋する惑星…でも無くて、『眠れる惑星』 の記事でも書きましたけどね。
「そのギミック、ポルノとしてしか成り立たねぇんだから、がっちり成年向けでがっつりとポルノとして描けよっ!」
的な、ね。
まあ、何の話かというと、はんひおんへっほひひほ、の、はひほは、の話です。
『チャンピオンREDいちご』、の、『あきそら』 の話です。
姉のアキと弟のソラの二人が、毎度毎度セックスしまくる漫画です。
まー、これがしゃらくせぇんだな!
うーん。
完璧にね。エロ漫画のプロットなんですよね。上で書いたような意味で。
で、中身もエロ漫画でしかないのですよ。
ただそれを、しゃら臭くも、「愛とモラルをテーマに描く、センセーショナル・ラブ・ストーリー」 のふりをするから、すげぃ「しゃらくせぇ」。
「どうしていけないの?」 なんて謳ったところで、上で書いたように、そんなにたいしたタブーでもないから、そこを突き詰めたドラマなんかにならないのですよ。
しかも、このお話し、2巻の段階で既に、「安全圏に着地する為の伏線」が出ちゃっている。
その時点で、(その伏線通りの展開になるならば)実は最初の前提であるタブーが、タブーとして機能しなくなってんですよ。
んでまた、主人公のソラがまー、キャラクターが無い。
無い、というのは、文字通りに無いのですね。
とにかくこいつは、常に受け身。
姉に乗られればピュ! 同級生に舐められればピュ! 妹に乗られてもピュ! 知らない人ともピュ!
とにかく延々、一方的に女に言い寄られて、一方的に女に乗られてピュッピュピュッピュと、スペルマを発射するだけの、玉袋に手と足と顔がくっついてるだけの装置でしかない。
悩んでいるっぽい無表情をたまーにするだけで、結局意志も思考もカラッポ。ゼロです、ゼロ。
どうしたいとも言わないし、どうしたくないとも言わない。勿論、自分から何かをするでもない。
これも、手っ取り早くエロ展開に持って行くためのエロ漫画キャラとしては使えますが、それでラブストーリー気取られてもねぇ!
「げ」 なんですよ。「げ」。
悩んでる「げ」。タブーを犯している「げ」。性モラルと愛の葛藤を描いている「げ」。
らしげ、にしているだけで、その実何も踏み込んでない。
まあ、一応コレは、2巻までの話。
とはいえ、2巻分話が展開しているのに、まだ主人公のキャラがからっぽで、カラッポであることでキャラが立っているでもない、ってのは、ドラマとしてはヒドイ出来です。
単に、一般誌枠でタブー弄りごっこのセックスしまくっているエロ漫画、という商品価値しかない。
ちなみに、この方の前作を読むと、別に話作りが下手くそではないんです。
というか、基本的には巧い。
『MONOクロ』というエロコメ作品では、主人公は凄い存在感が薄いという設定で、その事で悩んでいたりキャラが立っていたりするし、物語的にも巧く機能している。
基本的に、巧い作家だと思います。
でも、『あきそら』は駄目です。
というか、「しゃらくせぇ!」 です。
このプロットで、コミックス1~2巻分のエロ漫画として描けば、まあイイカンジになったかもしれんですけどね。
まー、成年誌で1~2巻出すよりも、少年誌枠でポルノ描いて、プロットを薄めまくって巻数出す方が、すげー儲かるかんね!
多分勝手な推測ですけど、0が一つか二つは増えるんじゃねぇすか?
しゃらくせえ!
てなとこで、はんひおんへっほひひほ、に対する不平不満は、またの機会に。
というかほんともう、と条例絡みのことから、色々とアレもコレもと気になって、脳内に色んな言葉が渦巻いているもんで、寝ようとしてもなかなか眠れなかったりして、もうめんどくせぃのですよ。うがー。
だもんで、脳内を整理するためにこうやってテキスト化している。
すげい不毛。
[追記]
ツッコミがあったんで補足。
まあ読んだとおり、例えば父親による娘への性虐待、のよーな近親姦は、今回の話では別枠です。
と議会関連からの派生話題。
つまり、猪瀬ント発言などで、「近親相姦や強姦などのインモラルな行為を、さも良いことのように描くフィクションはけしからん!」という規制派の主張があるわけですが。
まあそれに関連しましてですね。
強姦は性モラル以前にまず犯罪であるから脇に置くとして、「近親相姦ネタというのは実際どれほどのインモラルなことなのか、そして物語においてどういう意味、機能があるのか」 という件について、ちと一席ぶたせていただきぃ~……やす、と。
そーゆー記事です。
まずですね。
そもそも近頃何故に、この近親相姦ネタというモノが少しばかし目立って使われ始めているのか? という点に関してですが、要するにこれは、現在最も分かりやすい 「禁断の恋」の記号であると言うことなんですね。
禁断の恋、或いは障害の多い恋、というのは、ラブストーリーを描く上では王道も王道で、例えば古くは 「身分違いの恋」、「敵対勢力間での恋」 なんてのがあった。
しかしこれらは、現代日本ではあまりリアリティを持てない設定。
格差は広がれども階級は一応無くなり、核家族化が進んだ都市部では、根深い対立のある一族なんてどこへやら。横溝正史的な昭和な田舎を部隊にでもしないと成り立たない。
『ロミオとジュリエット』を、現代日本に置き換えるのはなかなか難しい。
で、その次に流行ったのは、お馴染みの「不倫」。
これは今でもまだ機能はするけど、正直ちょっと手あかが付いている感が強いし、泥臭い。何より、実際そこらにあふれている分、エキセントリックじゃあない。
他には「同性愛」なんてのもあるけれど、こちらもヤオイオネー様のおかげでかなーり「ふつー」になっちゃった。
女同士のネタとしては百合好きも一応続いているけれど、そもそもやっぱ、女同士、男同士というカップリング自体が、まあ好みの別れるところ。
それで、その後に続いたのが、「近親相姦」 ってなわけです。
とはいえ。
まあこれは実際、今のところ「王道的な禁断の恋ギミック」 にはなっていないし、おそらく今後もならない。
それは何故か、という事について以下本文。
まずそもそも、近親相姦ってそんな強固なタブーか?
という問題。
例えば、近親婚を禁じる法律はある。
これは一つに何よりも遺伝的な(子どもできたときちょいヤバイ可能性高いよ) 問題があるわけだけど、それ以外はと言うと、まあせいぜい手続きがヤヤコシイくらいしかない。
言い替えれば、「子どもが出来なければ問題は無いんじゃね?」 とも言える。
「じゃ、避妊すればいいじゃん?」「いやいや、避妊じゃ100%確実とは言えないよ、それで問題のある子どもが出来たら(←これも実際、先天的な障碍を持って生まれた人に失礼な物言いだけど)困るだろう」「よっし、そんじゃパイプカットだ! キョ・セ・ン!」
…と。
実際、近親相姦自体を禁じる法律もないし、そうできる根拠もさして無いわけだ。
となると、近親相姦のタブーって、「結婚、出産、子育てを最終目的と出来ない/していないセックスはけしからん」 という意味合いの性モラルと大差ないとも言える。
そこにさらに加えられるとしたら、「社会的合意を得られないから、報われない」というところくらいなわけだけど、それってよーするに「タブーだからタブーなんです」という意味でもある。
ま、もともと、タブーなんてのは本質的にそういうものではある。
それなりの根拠はある事もあるし、カケラの根拠もないこともある。
けれども、共同体内部での社会的合意の元に、個々個人の行動や思考、感情を規制するものが、タブー。
中野の古本屋的に言えば、呪い。
実際、遺伝学的な問題が取りざたされるまでは、近親相姦や近親婚がごくふつーだった文化圏も少なくはない。
辺境の小さな部族社会なんかだと、多分今でもそうなんじゃないか?
聖書の中の人たちだって、近親相姦しまくっているしね。
まあ勿論、だからって僕は 「近親相姦のタブーなんかくだらねーぜ! ヤりまくれー」 なんてことを言いたいワケじゃない。
単に、近親相姦というのは、その辺りを詰めて考えていけばいくほど、タブーとしての効力が弱い、という事だ。
突き詰めて考えるとタブーとして弱い、と言うことは、つまり、ドラマの主題として弱い、という事でもある。
で、このタブーとしての近親相姦。
ポルノにおいては、かなり有用なギミックではある。
普通に男の子と女の子が居て、ちゅっちゅちゅっちゅしてエロースに及ぶだけ、なのを、そこに「実は兄妹」なんぞのギミックを入れただけで、別の話に出来るわけだし。
上記程度のタブー感背徳感でも、エロスに居たる道筋を盛り上げるのに役立つし、逆にスパイス程度に入れるのにも使える。
本来ならタブーな行為をあっけらかんとしまくる、というのも、ポルノならではの奔放な楽しみだ。
ま、とにかく、エロ漫画においては、「使えるギミック」なのは間違いない。
じゃあ「ドラマ性」としてはどうか? と。
それが、実は「たいして使えねー」 のである。
上で書いたように、そもそもタブーとしての効力はそんなに強くない。
その上で、ドラマという視点で見ると、大きく二つの弱点がある。
一つは、「きみとぼく、の二者間でも完結しうるギミック」 と言う点。
つまり、恋愛の障害として捉えた場合、必然的に関わらざるを得ない登場人物の最低数が、近親相姦をしている二者だけでも済んでしまうのだ。
「身分違いの恋」 だと、特に身分の高い側には、高い身分に相応した人物が必ず絡む。
例えば姫様と下僕なら、王様や王妃様。家臣や領民。或いは敵対する勢力のダレソレ、政略結婚としての許嫁…と、実に障害をもたらす要素に事欠かない。
身分、という社会的なものが障壁であるのだから、背景となる社会を構成する様々な人々がかならず関わってくる。
また、身分が高い方に属する人たちは、武力や権力においての強い実行力のある障害とも成りうるし、生命の危機まで内包している。
さらには、「身分を捨てて結ばれる」結果、「王国が滅びる」なーんて事まで起きかねない。
「敵対勢力間の恋」 も同様。
勢力、である以上、恋愛関係にある二者間だけでは絶対に成り立たないのだ。
「不倫」 も、最低でもどちらか一方が既婚者でないと成り立たない以上、必ず3人は必要となる。
そこに、双方が既婚者だったり、子どもがいたりすれば、背徳感も障害もドラマとしてのギミックもどんどん増す。
さてそれに較べて、近親相姦は?
近親、である以上、まあ基本は、「一家族内部でのお話し」になる。
近親関係の二者。それと他の近親者。
ただ、他の近親者は、必ず必要でもない。
母と子、で、旦那は死別か離別、というのもあるし、姉と弟、ただし両親共に死別、も可能。
つまり、本当にただ一家族内の近親関係にある二者間だけで、全てが完結してしまえる程度の、ドラマ的ポテンシャルなのだ。
その上で、例えば兄弟姉妹設定の場合は、「親バレ」というパターンがあるが、それだってせいぜい「強制的に引き離される」程度で済む。
姫に恋慕した下僕が王の手で斬り殺されるかの危険もないし、敵対勢力に捕まってあわや、というのもない。
だって、親も家族なんだもの。
社会にばれても、キモがられるだけで極端な制裁を受けることもない。
つまるとこ、近親相姦のドラマ的葛藤は、ほぼ「二人の間の背徳感、タブーを犯しているという事実からくる心の葛藤」程度で、済んでしまうのだ。
それ以外のモノ全てを描かなくても良い。
もう一つの弱点は、ドラマとしての着地点が弱いと言うこと。
結局二者間の心の葛藤なりを乗り越えてセックスをしまくったとしても、「結婚」という着地点はまず無い。
法律上出来ないからだ。
あとはせいぜい、「やっぱり別れる」「隠れて続ける」「血縁であることを隠した逃避行」くらいなもので、バッドエンド狙いで行けば「心中/自殺/殺人」とか。
それらも前述の通り、「二者間で済む程度の」ドラマ。
これらの着地点は、最初に書いたとおり、ポルノとしては有功ではある。
ポルノなら、「なんだかんだあったけど、背徳感を持ちつつえんえんヤリまくりマッスル♪」で終わったって、かまやしない。
あくまで、エロをもり立てるためのギミックに過ぎないからだ。
ただ、ドラマとしては、やっぱ弱い。
エロアニメとしてなら成立していた、『くりぃむレモン』を、ドラマぶって映画にした途端、あのしょっぱいだけのボンヤリムービーになった事が、まあそのわかりやすい例。
このように、近親相姦のタブーというのは、ドラマ性としてのポテンシャルが低く、応用範囲が少ない。
苦悩や葛藤を極端に突き詰めていけば、ブラッド沙汰にもなりうるけど、まあねえ。
多分近親相姦を絡めた悲劇という点では、それこそエディプス神話とかになるのかもしれないけど、別にコレは近親相姦の葛藤が主題ではないしね。
と、いうところでタイトルに戻る。
つまり、
「近親相姦とか絡めれば、ドラマ性のあるラブストーリーになる、的なことを言っているヤツは、俺がブっ殺す!!」 (と、橋Pが言っていたとかいないとか)
殺しません、ええ、殺しません。僕はね。
敢えて極論で言い切っちゃえば、「近親相姦なんてネタをメインで回そうとしたら、ポルノにしかならねぇのだよ」 という事です。
或いは精々、“登場人物全員を横一列に並べて平手打ちしたくなるような” しょっぱいモラトリアムぶった、半ばセカイ系的なきみとぼくのうじうじストーリー。
例えば、謎があって、その謎を解明していく過程で、その背後の隠された秘密に近親相姦があった、という作りは、ドラマとしても十分可能です。
この場合、「おぞましい事実」とかの形で、タブー性を前面に押し出した扱われ方になることが多いでしょうが、それは「タブーを犯したことにより、物語上の次の展開に至る」というギミックだから、強調しても良いわけです。
例えば、近親相姦関係になったことを第三者に知られ、それを隠すために何か事件を起こしてしまい…等というパターン。
不倫などよりはかなり、タブーとしてのえげつなさを効かせることも出来る。
ただ、近親相姦関係にある二者を中心とした恋愛ドラマ、というのはどうか、というと。
ポルノとしてしか、まー、成り立たんわね、と。
そもそものドラマ的ポテンシャルが、低いンですから。
だもんで、それを中心に据えつつ、あたかもポルノでないふりをしようとすると、「本質的なタブーの意味に深く立ち入るわけでもない、タブー弄りごっこを延々繰り返すだけの、しょっぱいストーリーの半端なポルノ」になりがち。
まあ、そういう、しょっぱいタブー弄りごっこそれ自体が好き、というポルノ愛好者は居ますから、商売としては成立するでしょう。
けど、ね。
僕としてはー。
の、話ですが。
僕としてはー。
「しゃらくせぇ!」
と。
そういう感想を抱かざるを得ないのです。
抱かざるを~えーなーいーのーでーすー。
ま、以前恋スルメ・・・じゃなくて、恋する惑星…でも無くて、『眠れる惑星』 の記事でも書きましたけどね。
「そのギミック、ポルノとしてしか成り立たねぇんだから、がっちり成年向けでがっつりとポルノとして描けよっ!」
的な、ね。
まあ、何の話かというと、はんひおんへっほひひほ、の、はひほは、の話です。
『チャンピオンREDいちご』、の、『あきそら』 の話です。
姉のアキと弟のソラの二人が、毎度毎度セックスしまくる漫画です。
まー、これがしゃらくせぇんだな!
うーん。
完璧にね。エロ漫画のプロットなんですよね。上で書いたような意味で。
で、中身もエロ漫画でしかないのですよ。
ただそれを、しゃら臭くも、「愛とモラルをテーマに描く、センセーショナル・ラブ・ストーリー」 のふりをするから、すげぃ「しゃらくせぇ」。
「どうしていけないの?」 なんて謳ったところで、上で書いたように、そんなにたいしたタブーでもないから、そこを突き詰めたドラマなんかにならないのですよ。
しかも、このお話し、2巻の段階で既に、「安全圏に着地する為の伏線」が出ちゃっている。
その時点で、(その伏線通りの展開になるならば)実は最初の前提であるタブーが、タブーとして機能しなくなってんですよ。
んでまた、主人公のソラがまー、キャラクターが無い。
無い、というのは、文字通りに無いのですね。
とにかくこいつは、常に受け身。
姉に乗られればピュ! 同級生に舐められればピュ! 妹に乗られてもピュ! 知らない人ともピュ!
とにかく延々、一方的に女に言い寄られて、一方的に女に乗られてピュッピュピュッピュと、スペルマを発射するだけの、玉袋に手と足と顔がくっついてるだけの装置でしかない。
悩んでいるっぽい無表情をたまーにするだけで、結局意志も思考もカラッポ。ゼロです、ゼロ。
どうしたいとも言わないし、どうしたくないとも言わない。勿論、自分から何かをするでもない。
これも、手っ取り早くエロ展開に持って行くためのエロ漫画キャラとしては使えますが、それでラブストーリー気取られてもねぇ!
「げ」 なんですよ。「げ」。
悩んでる「げ」。タブーを犯している「げ」。性モラルと愛の葛藤を描いている「げ」。
らしげ、にしているだけで、その実何も踏み込んでない。
まあ、一応コレは、2巻までの話。
とはいえ、2巻分話が展開しているのに、まだ主人公のキャラがからっぽで、カラッポであることでキャラが立っているでもない、ってのは、ドラマとしてはヒドイ出来です。
単に、一般誌枠でタブー弄りごっこのセックスしまくっているエロ漫画、という商品価値しかない。
ちなみに、この方の前作を読むと、別に話作りが下手くそではないんです。
というか、基本的には巧い。
『MONOクロ』というエロコメ作品では、主人公は凄い存在感が薄いという設定で、その事で悩んでいたりキャラが立っていたりするし、物語的にも巧く機能している。
基本的に、巧い作家だと思います。
でも、『あきそら』は駄目です。
というか、「しゃらくせぇ!」 です。
このプロットで、コミックス1~2巻分のエロ漫画として描けば、まあイイカンジになったかもしれんですけどね。
まー、成年誌で1~2巻出すよりも、少年誌枠でポルノ描いて、プロットを薄めまくって巻数出す方が、すげー儲かるかんね!
多分勝手な推測ですけど、0が一つか二つは増えるんじゃねぇすか?
しゃらくせえ!
てなとこで、はんひおんへっほひひほ、に対する不平不満は、またの機会に。
というかほんともう、と条例絡みのことから、色々とアレもコレもと気になって、脳内に色んな言葉が渦巻いているもんで、寝ようとしてもなかなか眠れなかったりして、もうめんどくせぃのですよ。うがー。
だもんで、脳内を整理するためにこうやってテキスト化している。
すげい不毛。
[追記]
ツッコミがあったんで補足。
まあ読んだとおり、例えば父親による娘への性虐待、のよーな近親姦は、今回の話では別枠です。
2010-04-01 09:40
nice!(3)
コメント(1)
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はてちゃんだよ!
お兄ちゃんとかに強姦されて泣いてる女の子がうっかり見てがっかりするかもしれないから、追記を先頭に持ってきた方がいいとはてちゃんは思うよ!
たぶんタブーになっているのも、実際には合意のないまま逃げ場の無い近親姦に苦しむ人が多いから美化しちゃまずいな、ってことだね。
近親モノ、少女漫画で流行って映画になってたよね。
”僕は妹に恋をする”ってやつ。
ラストはなんと双子だけど精子は別だったって言う設定だったらしいよ。
あと、携帯小説にも近親設定純愛モノってけっこうあるみたい。
じゃあね!
by くたびれはてこ (2010-04-19 00:34)